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現実RAW

深淵の脈動
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彼女の美しさはシュノンソー城に受け継がれ

若さを保つための霊薬「金のエリクサー」で中毒死したフランス王アンリ2世の愛人 gigazineニュース

 記事によると、ヴァロワ朝期のフランス王アンリ2世の愛人であったディアーヌ・ド・ポワチエ(1499-1566)は自身の若さを保つために霊薬「金のエリクサー」を愛用していたとのこと。金のエリクサーとは塩化金をジエチルエーテルに溶かした黄色い液体だとのこと。ジエチルエーテルには筋弛緩作用・麻酔作用があるそうだ。

 アンリ2世はフランス・ヴァロワ朝の国王であったわけですが、メディチ家から嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスによって存在が薄くなってしまっている方です。そして、さらに不老不死に倒錯する愛人の登場により存在感が薄くなってしまいました。しかし、20歳も年上の女性に恋をしてしまうとはディアーヌはよっぽど美しかったのでしょうねぇ。
 世界遺産に登録されているロワール渓谷の美しき橋の古城シュノンソー城もアンリ二世がディアーヌに捧げた城ですし、ディアーヌの方も王の寵愛を確固たるものにするためにも霊薬は絶対的に必要だったのでしょうねぇ。
 しかし、そんな熱烈の不倫生活も王の死後破綻し、シュノンソー城もカトリーヌの手中に収まりディアーヌは追い出されてしまい、哀れな死を遂げることになるとは運命とは最後まで分からぬものですね。
 
 歴史好きとしては、文化財を見るときにその文化財が歩んだ歴史の流れも一緒にそこに見るわけなので、こういった裏話は楽しいです。

 そういえば、この時代って魔女裁判が過激な時代だったような・・・。上流階級の人とはいえ、こんな魔術的アイテムに夢中になっていることは人には言えなかったのでしょうねぇ。むしろ、その霊薬の成果が出て若く見えたのなら疑われ易くもなりますし。
 歴史の流れに普遍的な性質として人類は常に不老不死を追い求めていたという点がありますよね。現代でもゲノム・バイオ研究だとか、プラチナナノコロイドなどのサプリメントへの熱狂がそれを物語っていますね。女性なんか平均年齢が80歳を軽く突破してもう半分実現してるようなものですから、不老不死への情熱は良い感じで達成されつつあると言えるのかもしれませんね。
 
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ストリートビューで世界遺産を見よう!

ストリートビューに世界遺産の写真 GoogleがUNESCOと提携 ITメディアから

ITメディア・ニュースによりますと、googleのストリートビューはユネスコと提携して世界遺産の画像を公開するサービスを開始したとのことです。現在はヨーロッパの18ヶ所の物件をカバーしている段階とのこと。

 今までもグーグルの地図サービスでは世界遺産の写真なんかを閲覧することができましたけど、ストリートビューならよりリアルに世界遺産を体感できますね。
 現在はまだポンペイなどヨーロッパの一部の世界遺産しかカバーしていませんが、世界遺産は2009年現在で890件もあるので全部カバーするのにはもう少し時間がかかりそうですね。
 ところで、ストリートビューって車で撮影してるんですよね。でも世界遺産には車で入って行くことは不可能。ということは、しっかりとTV撮影のような撮影の許可をもらったということになりますよね。自然遺産だともの凄い広大な範囲になると思うのですけど、どうやって撮影するのでしょうね?
 しかし、ナレーションとか無しで映像だけ見てるのはちょっと物足りないかなぁと・・・(贅沢だよっ)。
 
 ちなみに世界遺産とは世界遺産条約(世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約)によって誕生したわけですので、保護が前提にあるわけです。だから、世界遺産の中には立ち入り禁止や入場制限が設けられている遺産も多くあります。しかし、昨今は観光と言えば世界遺産、世界遺産と言えば観光のような感覚になっていますから、世界遺産がなんのためにあるのかということも一応頭の片隅に留めておくと良いかもしれません。
 


ユネスコの世界遺産への理念を考える

続:世界遺産検定対策 マイスター編

 世界遺産条約を締結し、世界遺産リストを作成しようとしたのは他でもなくユネスコ(国際連合教育科学文化機関)だ。
 では、何故ユネスコは世界遺産を作ろうとしたのか。その理念は我々凡人が世界遺産に対して抱いているイメージとは乖離したものだった。
 
 【ユネスコの世界遺産への理念に関するキーワード】
○ユネスコ憲章
○世界遺産条約
○世界遺産誕生までの経緯
○世界遺産に関連する条約や憲章及び宣言(条約は法的拘束力を持ったものだが、憲章や宣言には法的拘束力は無くガイドラインの域を出ない)

この4つがキーワドとなるだろう。また関連して無形文化遺産についての認識も必要だろう。

○1945年のユネスコ憲章は翌年1946年のユネスコ設立の基となった憲章だが、その理念には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなくてはならない。相互の風習と生活を知らないことが人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑念と不信をおこした共通の原因であり、この疑念と不信のために諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争を引き起こした」といった記述があるわけで、ユネスコは教育・科学・文化を通じてそれぞれの異なる地域の歴史・文化・風習・伝統の価値を普及させることによって平和と築こうとしていると言えます。
 そして、ユネスコの理念を具現化させるものの代表として世界遺産が存在するわけです。
 だから世界遺産条約は正式名称を「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」と保護が謳われているけど、何故保護しなければならないかということがユネスコの理念の中に存在していると考えられます。
 
○世界遺産条約・・・1972年の第17回ユネスコ総会で採択された条約。正式名称は上記の通り。世界の顕著な普遍的価値を持つ文化財や自然環境を人類共通の宝である世界遺産として登録及び保護し、次世代へと継承していくことを目的とする国際条約である。そして、世界遺産を通じて世界中に存在する多様な文化を認めようとのユネスコの理念が宿っている。
 日本は1992年に125カ国目として条約を締結した。
 条約は文化遺産及び自然遺産の定義、世界遺産の国内及び国際的保護、世界遺産委員会の設置、世界遺産基金の設立、それぞれの締結国による教育事業計画の作成などについて記されている。

○世界遺産誕生までの経緯
 直接的に世界遺産誕生のトリガーとなったのは1960年代に起こったエジプト政府によるアスワン・ハイ・ダムの建設計画によるアブ・シンベル神殿を始めとするヌビア遺跡群の水没危機に端を発する。ヌビア遺跡群は単なるエジプトの遺跡ではなく人類の歴史や文化を物語る上で重要かつ共有されるべき宝だと捉えたユネスコは国際社会に遺跡水没回避を働きかけ、見事ヌビア遺跡群は移築されダム水没を免れることに成功した。この運動を契機にそれぞれの国に存在する文化財や自然環境・生態系についても自国の問題に留まらない人類共有の宝であり、次世代に受け継いでいかなくてはならないとの意識が芽生え、世界遺産の誕生を促す結果となった。

○世界遺産誕生までの道のりに影響を与えた関連する条約・宣言・憲章 等
・1933年の近代建築国際会議第四回大会で採択されたアテネ憲章
・1948年のIUCN(国際自然保護連合)設立
・1954年の武力紛争の際の文化財の保護に関する条約(ハーグ条約)
・1964年の記念物と遺跡の保存と修復に関する国際憲章(ヴェニス憲章)
・1965年のヴェニス憲章に基づくICOMOS(国際記念物遺跡会議)の設立


また、世界遺産は有形の不動産に限られるが、人類の文化や伝統には舞踊や歌など無形のものも存在し、そういった無形の文化遺産にも顕著な普遍的価値は存在するとの認識により、世界遺産とは別に無形文化遺産が誕生することとなった。

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極めろ、世界遺産検定!

世界遺産年報 No.14(2009)  〈特集〉国境を越える世界遺産 [本]

世界遺産年報 No.14(2009) 〈特集〉国境を越える世界遺産 [本]


 世界遺産検定の試験対策として、公式テキスト以外に優良なものとして世界遺産年報があります。
 世界遺産年報は毎年1回発行されますが、その年度に登録される遺産については未搭載で、前年度に世界遺産委員会で登録・範囲の変更・危機遺産などについて動きのあった物件の詳細が記載されています。また、ユネスコが世界遺産条約を採択して世界遺産リストの作成を実施することになった理念についても記されています。
 その他、現在の世界遺産が抱える諸問題や新たな世界遺産の概念の追加など新鮮な話題についても論じられています。
 そのため、世界遺産検定の最上級であるマイスターを目指す方には必読と言える書物かもしれません。

 【世界遺産の保護・保全に関係するキーワード】
 世界遺産の保護・保全に関する事柄についてピックアップしてみたいと思います。
 まず、世界遺産は世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)に基づいて誕生したので、”保護”は世界遺産の根本的な存在理由であると言えます。
 キーワードとしては
●世界遺産基金
●世界遺産の脅威となるもの
●危機遺産
●世界遺産条約に記されている世界遺産の保護・保全に関する文章
●日本ができる世界遺産の保護・保全(ユネスコ日本信託基金など)

の5つに関する事柄から述べる必要があると思います。

 
 
 


世界遺産年報 No.13(2008)  〈特集〉産業遺産・石見銀山遺跡とその文化的景観 [本]

世界遺産年報 No.13(2008) 〈特集〉産業遺産・石見銀山遺跡とその文化的景観 [本]


世界遺産年報 No.12(2007)  〈特集〉危機遺産 [本]

世界遺産年報 No.12(2007) 〈特集〉危機遺産 [本]


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世界遺産の概念:グローバル・ストラテジー

 テンプレートをより閲覧しやすいモードに変更しようとしたのですが、挫折しました。というわけで、世界遺産マイスターへ向けて”世界遺産って何ナノさ?”という根本へと迫りたいと思います。
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 【グローバル・ストラテジーについて】

 世界遺産、その定義には”顕著な普遍的価値を有する物件(不動産)”があるが、この定義は時の流れとともに拡大している傾向にある。
 文化遺産ならば朽ちることの無い石の建造物に価値があるとされていたが、日本が世界遺産条約を締結した1992年ころには木造の建造物にも価値があるとの認識に至った。そして、さらに世界中の多様な文化の中に普遍的な価値を認め、地域やジャンルによる不均衡をなくすためにグローバル・ストラテジーの概念が導入された。
 グローバル・ストラテジーとは訳すと世界戦略というような意味になる。
 こうして世界各地の多様な文化の中に等く顕著な普遍的価値を見出すために世界遺産の概念は拡張された。
 では一体、具体的にどんな物件がこの概念に該当し、どのように世界遺産の登録物件の増加を目指すのか。
 それは、自然遺産の登録強化&文化遺産の内容の多様化を実施するということである。
 自然遺産は文化遺産に対して世界遺産全体に占める割合が少ない。そこで、自然遺産の登録強化を行うことになった。それにあたって、それまで別々だった自然遺産と文化遺産の登録基準は統合された。
 文化遺産の多様化として、先史時代の遺跡・20世紀の文化遺産・産業遺産・鉄道遺産・鉱山遺産の登録を強化することとなった。
 また、この他にグローバル・ストラテジーの一貫として同じ文化的背景や自然環境を共有する物件は複合体として登録していくというシリアル・ノミネーション(連続指定)という考えが誕生した。このシリアル・ノミネーションが国境を越えて存在する場合をトランス・バウンダリー・サイト(国境を越える世界遺産)と呼ぶ。

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